▼2004年 5月 3日 (月)   -- No.[1]

大藪宏「物語 日本の渓谷」
物語日本の渓谷
 最近は雑感はココログの方に書いているのでこちらは久しぶり・・・。

 大藪宏「物語 日本の渓谷」。 沢は怖いので興味はないけど、目次に魅かれて読んでしまった。なかなかマニア向けで面白い・・・。
その目次にしたがって・・・・

大井川渓谷最後の秘境−接阻峡物語:中村清太郎の「山岳渇仰」を読むまでは、南アルプスの南部は静岡側から入山することは頭ではわかっていたものの、大井川という名を見て、島田-金谷の間の渡しを思い浮かべるより早く、中村清太郎の文章を思い起こすようになった・・・。作者大藪氏曰く「日本アルプスにその源をもつ河川は多いが、流れ込む全水量をこの山域のなかで集める大河となると、北に黒部川、南では大井川ということになろう」「比較的狭い海岸平野の町から、私鉄が山岳地帯の入り口まで延びて、そこからトロッコ列車で峡谷見物ができるという状況は、北アルプスの黒部川峡谷下流部のようすによく似ている」・・・なるほど、などと思いながら紀伊国屋文左衛門の昔から林業最盛期の大倉喜八郎の時代を中心にこの川の歴史に迫るなかなか面白い読み物である。中でも大倉喜八郎が90歳の時に実行した赤石岳への大名登山は面白い。なにせふもとから山頂付近までほとんど自分の土地のようなものなのだ。戦前に皇族が登山したときもさぞやとは思うがたしかにこれこそが大名登山だろうという感じである。

田部重治と歩く奥秩父の秘境-笛吹川源流物語:ぼく的には当然このくだりを見て借りたわけであるが、中身は前段の大井川とはかなり異なり、ホラノ貝を厳冬期に中を実際に通る話である。とはいえ、田部を知らない人にもわかるような導入部やホラノ貝を初めて見たときの感動などはよく伝わってくる。ちなみにホラノ貝とは笛吹川東沢の核心部のゴルジュ帯(両岸が迫った渓谷)であり、いわゆる「通らず(通過不能地帯)」である。ホラノ貝は水が凍らない時期には激流のため遡行は困難であるが、ここを迂回すればその先にたどりつくことはできる。そんな場所を厳冬期に決死の覚悟で通過してみようというのだから遡行とは基本的に岩登りと同じ感覚である・・・。

多摩川源流流泳紀行:多摩川の源流域を泳ぎ下るものである。多摩川も奥多摩湖より上流はかなりの激流で何箇所も「通らず」がある。これを遡行するのは無理だけどボートや浮き袋を使えば下れるのではないか、といってやってしまったのがこの話である。まあ、それだけであればこの文章は「山と渓谷」誌に発表されずに「フォール・ナンバー」(白山書房)あたりに発表されただろう。この節も多摩川上流の黒川金山にまつわる話などもからめてそれなりに興味を持って読める。

井上江花と黒部峡谷探検:やっぱりこれが一番面白かった。井上江花という人は知らなかったが富山の「高岡新報」という新聞の記者の人で黎明期の黒部を紹介するために、やや大名登山的な雰囲気はあるものの、当時の有名な黒部の主、助七(木暮理太郎たちも使ったことがある案内者)をつれて黒部川を溯る話である。この時期の話には当然ながらそれ以前の歴史的背景を知らないとちっとも面白くないのだが、そのあたり、すなわち佐々成政のさらさら越から前田家の支配のようすなどが詳しく語られており、時代背景を頭に入れたうえで読むことができるのでよい。
ちなみに作者の大藪氏はさらさら越はなかった、少なくとも行きはともかく敵陣からスタートする帰りはなかったとする派である。



▼2004年 5月 4日 (火)   -- No.[2]

中村周一郎「北アルプス開拓誌」
北アルプス開拓誌

中村周一郎「北アルプス開拓誌〜近代登山の基礎を築いた、山の先駆者たち」を読んだ。

面白かった。

著者の中村周一郎という人の名は初めて聞いた。
初版は1981年だが著者は明治33年(1900年)生まれとあるから、初版時でも80歳を越える高齢である。読んだのは改訂第一刷(1995年)。出版元である郷土出版社は松本にあるから地元の研究家だろうか(著者の生まれは神城である)。

この本であげた山の先駆者たちは、穂刈三寿雄、百瀬慎太郎、松沢貞逸、鹿島のおばば(狩野いく能)、ガイド3人(嘉門次、喜作、遠山品右衛門)、そして最後に播隆上人である。
 通常、この種の山岳登山史ではウェストンをはじめ初期のパイオニアの人たち、すなわち実際に登る人がテーマであることが多いが、この本は山小屋を建てたり、登山者の世話をしたりした人がテーマなのが変っており、それだけに興味深く読める。
 山小屋に泊るということを久しくしていないが、それでも時折は小屋にお世話になることはある。そんなときに、どうしてこんな生活をやっているんだろう、と素朴な疑問を持つことがある。
 割りと最近の人の本では雲取山荘の新井さん八ヶ岳黒百合ヒュッテの米川さんの本を読んだことがあるが、黎明期の人の話を読むのは初めてだったのでとても興味深く読めた。

以下、この本での登場人物

穂刈三寿雄:苗字から槍ヶ岳山荘の関係だろうと思ったがその通り。播隆上人をめざして山小屋建設にかける意気込みは興味深い。

百瀬慎太郎:石川欣一の本でその名前はよく見ていたので、大町の旅館の主だとは知っていたが、百瀬が隻眼であることすら知らなかった・・・・。

松沢貞逸:白馬山荘をはじめ栂池スキー場などの一大リゾート「白馬」を興した貞逸とその後継者の話は下手な企業小説よりも面白い。

鹿島のおばば:この人の話は知らなかった。途中から開始した「登高」という宿帳の名簿やそこに記されたコメントの豊富さが凄い。

ガイド3人:嘉門次についてはウェストンの話で何度も登場するが、喜作新道の小林喜作についても、黒部の主の品右衛門も初めて読んだ。

播隆上人:については以前に新田次郎「槍ヶ岳開山」を読んだので内容はほとんどが既知のことであった。そういえば穂刈三寿雄は新田次郎よりもはるか以前に「槍ヶ岳開祖・播隆」を出版している。


▼2004年 5月 5日 (水)   -- No.[3]

新撰組をめぐる雑文
沖田総司


童門冬二「沖田総司 物語と史蹟をたずねて」を読んだ。

 なんか意味不明の本でした。沖田の幼少から死までをエピソードで綴り、ついでにところどころに史跡の紹介のコラムがある。コラムの史跡紹介はまあまあかも知れないが、本編がだめだ。
 いわゆる沖田らしさがにじみ出るような場面もあることはあるのだが、いかんせんひとつのエピソードが短すぎる。


新選組血風録
ま、そこへいくと新撰組のエピソード集である司馬遼太郎「新選組血風録」はやはり読み応えがある。昨日のブログにも書いたが、たとえば沖田の話である「菊一文字」など談志が朗読のCDを出すだけのことがある。たんたんとした語り口の中でも沖田の心情とか性格とかがよく出ている。最後の決闘シーンなどつばぜり合いの描写のひとつもないのに、情景が浮かんでくる。さすがである。
 新撰組はそもそもは殺人集団である。だからストーリーも誰かが必ず殺される。しかも新撰組内部での殺戮がいかに多かったか。
これを映画にすればかなり残酷なシーンが多数出てきてR指定間違いないのであるが司馬が語るとそういうことはきれいに抜け落ちて、刀さばきの鮮やかさにうっとりしてしまうように思えるのが凄い。


燃えよ剣

 昨日のNHKのTVがあまりにもひどかったので、ついでながら同じく司馬遼太郎「燃えよ剣」にもちょっと・・・。
この作品での司馬遼太郎の語り口はいつも淡々としている。語り部に徹していて自らの感情を吐露することはない。その語り口は読者はもちろん司馬自身も土方にはなれないと悟ったような語り口である。冷酷な参謀を演じる土方を語るにはこのような鳥瞰図的な描写がよくあっている。
  同じような語り口は、「坂の上の雲」の秋山真之、「国盗物語」の織田信長、さらに遡れば「空海の風景」の空海などの天才を語るときに多く見られる気がする。一方で司馬が気持ちを込めた語りをしないかというとそうでもない。「菜の花の沖」や「韃靼疾風録」などの冒険譚は少なくとも違う。
 だから(でもないが・・・)土方を語るには土方の気持ちになろうなどとしてはいけないのである。昨日のNHKのTVで一番違和感があったのはここに尽きる。土方が生きた時代とは時代背景も環境も経歴も違う一般視聴者に対して「土方と同じ気持ちになって人生の岐路を考えましょう」ということが無理なのだ。
 なんだか司馬論だか土方論だかNHKの番組論だかわからなくなってきたが、大河ドラマでもなんでも制作側は製作したものを公開すればいいのであって、その思想までも無理に押し付ける権利はないのだ。


▼2004年 5月 6日 (木)   -- No.[4]

◎木村剛「投資戦略の発想法」
投資戦略の発想法

10万部を突破したと作者のブログに書かれていたので、どんなものかと図書館で借りて、
木村 剛 「投資戦略の発想法―ゆっくり確実に金持ちになろう」を読んでみた。

 である。花丸を差し上げたい。
 木村さんのブログにトラックバックを張ったからいうわけではない。

 この本を読むと木村氏のいつものいかめしい顔がやさしく微笑んでいるように思えてくる。
彼の良識がにじみ出ていると感じた。

 基本的な内容はバフェットやリンチの曰く株式の長期保有であるが、そこに至るまで、すなわち株式投資をして良いと木村さんに認められるまでがなかなか厳しい
 家計簿をつけたり資産・負債状況を調査したりしたのちに2年分の生活費を貯蓄せねばいけない。
 試しにバランスシートをざっと作ってみると、すでに住宅ローンを抱えているぼくには当分、投資の資格はなさそうだ・・・。
 という、悲しい前半。

 後半に入りいよいよ投資の話になるが、ここからは金融界しかも日銀にいた木村氏の面目躍如編である。

 自然、短期売買への戒め的な話が多いが、その例証がなかなか興味深い。
 特に第2部「財産形成のために知っておきたい投資理論」の「実践で活かせる行動心理学」に記載された多数の例示はかなり面白い。
 ここでは「投資」と「投機」の違いを同じ事象を別の表現で表示した場合の人間の思考方式や行動様式を通じて述べている。

 ああ、これって「不良債権問題」における木村さんあるいは金融庁の検査官と銀行の言い分のようだ・・・。金融庁は数値を以って「不良債権」と認定しようとするが、銀行は「今度は上手くいく」という心理でそうではないと言い張っているような・・・。(本当にそうなのかは知らないが)反論するほうはまっとうな理論だと思い込んでいるが、実は数学的な根拠は希薄・・・。ま、これだけの説明ではそれでなんで面白いのか想像がつかないと思いますが・・・。

 「経済変動をこの方法で乗り切る」では264ページの図19「絶妙かつ脆弱なマクロバランス」が秀逸だ。これは不良債権によるデフレプレッシャーが過剰流動性をカバーしているためにインフレにならない微妙な状態をぼくら素人でもわかるようにまとめた絵である。

 実は、前半部分でローンを借りてマイホームを持つべきかどうかの議論の中で木村さんのいう、すぐにでも高金利になりうるとの話は直感的には理解できなかったのだが、この図を見たら目からうろこが落ちた。
 もっと正直にいえばこの絵は木村さんの別の本か何かで見た覚えがあるが、そのときはピンと来なかった。それがこの本で展開された資産形成の考え方というか基本的な発想法を読んでいるうちに、この図が出てきたところで、すっと頭に入ってきた。
 この本を読んだ方の中には「この絵を見ないとわからないのか」という意見もあろうが、ぼくの場合はそうだった。

  こういう絵は、巷の投資術の本にはきっと出てこないだろうが、この本のテーマである「投資戦略の発想法」のバックボーンとしては必須だと感じた。うまく表現できないが、要するにこの絵を理解できる程度の経済知識は持たないとだめでしょ、という感じかな。
 この本は「投資戦略の発想法」という題名ではあるが「経済の基本的な仕組みを理解して自分の行動をチェックするための本」といえるだろうか。

 さて、住宅ローンをどうするか、ってそれこそすぐには解決できないのだ・・。